2023-09-02 超短編小説「猫角家の人々」その1
猫角家の一族の生活を一変させたのは、姉妹の母親である猫角えつかの死であった。
「株式会社猫角えつか」を細々と経営していた一族は、母親の死で、びっくりするほど巨額の資産を一挙に手に入れたのだ。会社で掛けていた経営者保険と団体保険から2億を超える保険金が支払われた。残された姉妹は、見たこともない大金を掴んで、思わぬ幸運に小躍りした。
株式会社猫角えつかの経営は決して楽ではなかった。設備投資ができない弱小介護会社に、客は寄り付かなかったのだ。だが、会社の経理状況は、保険金のおかげで一転して良好となった。二人は、贅沢三昧を始める。
母親に代わる経営者には、長姉の克子が就任する。だが、知恵袋は、妹の蜜子だ。京都の当事者大学の法学部を出た蜜子は、地元の不幸禍大学の大学院で修士号を取得した。そののちは紆余曲折あったが、母親の残した弱小会社を拠点に、詐欺三昧の人生を開始したのだ。
考えうるすべてのチャンスを利用して詐欺を働く。働かないで、銭を手に入れる算段だ。手始めは、自動車事故詐欺だ。気心の通じた不良自動車修理工場を使って、起きてもいない自動車事故をでっち上げる。壊れていない車が大破したことにして、車両保険を詐取する。不良修理工場のネットワークが出来上がっている。必定、事故は、特定の修理工場の近くで起きたことにしなければならない。結果、名古屋周辺でばかり事故が起きる。
猫角の会社は乗用車4台を保有している。この4台を交互に事故に遭わせる。同じ車では、続けて何度も偽装事故を起こせないからだ。結果、年に4回も交通事故を起こしたことにするのだ。
また、保険会社には、頸椎ねん挫で半年間、働けなかったと通告し、休業補償を手に入れる。これを、年4回、別々の車でしくみ、結果、一年順、休業補償を受給するのだ。(続く)
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超短編小説「猫角家の人々」その2
この詐欺行為には、医師の協力が必要だ。だが、裏社会御用達の医者は、たくさんいる。謝礼を出せば、いくらでも診断書を書いてくれる。ようするに詐欺に協力する「各分野の専門家」が「詐欺集団」を形成しているのだ。保険に詳しい指南役もいる。
さらには、自損事故だけではなく相手方のいる事故も偽装する。第三者に被害を加えてしまったことにして、第三者の医療費、慰謝料、修理代を保険会社から詐取する。第三者は、勿論、身内の犯罪仲間だ。勿論、事故は架空だ。かすりもしていない。名古屋辺りの自動車修理屋が、fその類のクズを斡旋してくれる。保険会社から入った金を第三者と山分けする。ちょっともったいないが、仲介者の修理屋にも分け前を渡す。
しかし、偽事故を繰り返していると保険会社から目をつけられる。証拠がないから、詐欺と見破られても実害はないが、保険を継続できなくなる。保険料が異様に高くなる。等級は最低ランクになってしまっている。困った姉妹は、あちこちの手蔓を使って、自動車保険を掛ける算段をする。普通の自動車保険は、どこも引き受けてくれない。ちょっとやりすぎたのだ。そこで、知り合いの真っ当な修理工場に話を持ち掛ける。修理工場のT氏は、猫角姉妹のために親身になって、保険を探す。善意から出た行為である。そして、ミニフリート契約という複数台で加入する契約を見つけてくる。保険会社は渋ったが、信用あるT氏の頼みゆえ、ついには折れて保険を引き受ける。だが、4台で保険金は40万円を超えてしまう。
とにかくいったん保険に入れば、次は偽装事故である。猫角姉妹の錬金術は、また、再開するのであった。(続く)[斜]